彼らがやってきたのは5月の終わり、忘れもしない夜の9時だった。
「カブトムシの幼虫いる?」
そんなlineがやってきた。友人が「夜遅くにごめんね」と差し出したのは、買い物用の白いビニールに入ったカブトムシの幼虫。大の虫嫌いの彼女が、断り切れず幼虫をもらう羽目にになり困って私に連絡をしてきたのだ。育てたことはなかったけれど、彼女が苦手ならと受け取った。
こうして私たち家族とカブトムシの生活が始まった。
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幼虫を土の中から掘り出すのはドキドキしたけれど、ビニール袋の中に入ったままじゃかわいそうに思えて、ペットボトルに移した。幼虫は四匹入っていた。
これでひとまず私の役目は果たした。あとは、幼虫が成虫になるのを待つだけ。せっかくなので、一匹は近所の友人に育ててもらうことにした。
毎日見えるように玄関にセットしたけれど、何も変化がないのでしばらく忘れていた。
カサ、カサ、カサ
ある日、娘が寝た後夫と二人で晩酌していると、玄関からカサ、カサっという音が聞こえる。「ちょっと、怖いから見てきてよ~」と夫にお願いするが、「何も変わったことないよ」
ところが、翌日の夜も続く。カサ、カサ、カサ、、、、、あまりに長く続くので、ドキドキしながら玄関に行くと、犯人はカブトムシのペットボトルから聞こえる。姿は見えないくせに、ペットボトルを触ると振動のようなものも伝わってくる。カサ、カサ、カサ、と体をくねらせながら自分の寝床を作っていたのだ。
気味が悪く、幼虫をもらったことを後悔した。
けれど、毎晩カサ、カサ、カサ、、、、と続くと、慣れるもの。好奇心から毎晩幼虫をチェックするようになった。
ある日を境にその音もしなくなった。気味が悪いとおもっていたくせに、音がしなくなると、不安になるから不思議な気分。
カリ、カリ、カリ
7月に入っても、ペットボトルに入っている幼虫は静かなままだった。
幼稚園の夏休みが近づき、娘の麦わら帽子がまぶしい季節になっても変化がなかった。当然、娘も興味なし。
もう、ダメかな。と諦めた夏休みに入った日の夜、
カリ、カリ、カリ、、、、
これは、もしや、、、とカブトムシの寝床を見てみると、
小さなメスが成虫になってカリカリとペットボトルをひっかいていたのだ。
翌朝、娘に報告すると、好奇心から見たい見たいと近寄るくせに「きゃ~こわい~」と逃げてしまう。気を取り直して、「カブトムシにもっと大きなお部屋を作ってあげない?」と声をかけると、「お部屋作り☆彡」という言葉にキラキラル☆彡を感じた娘は、喜んでホームセンターについてきた。
実際は、思ってたんと違う感じだったので、ブスッとしていたけれど。
最終的に、成虫になれたのは、メス二匹と友人宅のオス一匹の計三匹。残りの一匹は大人になれなかった。
お互いに傷つけ合うのが心配だったので、二匹のかごを別々にして育てることにした。
ブーン、ブーン
それから娘と私の本格的なカブトムシのお世話がはじまった。餌をあげて、霧吹きで水をかけて。嫌がってた娘も、「カブちゃん」と言いながら眺めていた。「玄関にこんなものを置きやがって」と思っていたハズの夫も、「今日のカブちゃん何してるかな?」と酔っぱらって話しかける始末。
そんな、カブトムシのいる生活に慣れたころ事故が起きた。朝、夫が玄関で「ぎゃあ~」と叫び声をあげた。何事かと思ったら、黒い物体が玄関の夫の靴あたりでもぞもぞしている。Gかと思ったが、よくよく見てみると、カブトムシのメスの一匹が脱走を試み高さ1mくらいの棚から落下してひっくり返っていた。「なんてこった。。。」すぐにカゴにもどしたが、寿命はそれほど長くはなかった。こうして、我が家のメスと友人宅に託したオスの計二匹になった。
そんなある日、毎朝超不機嫌な夫が珍しくニコニコしながら、昨晩「カブちゃんがすごかったよ」と言い出した。
夫「昨日の夜、カブちゃんがブーン、ブーンって台所を気持ちよさそ~うに飛んでたよ。」
私&娘「えええーーー!!」(冷や汗)
夜中に夫がトイレに起きたらブーンっという音がした。電気を付けたら、人間がいないことをいいことに気持ちよさそうに部屋中を飛び回っていたらしい。
「ブーーンって飛んでるカブトムシをどうやってつかまえたのよ。」という私と娘の不安をよそに、「簡単につかまえられたよ。」と得意げな夫。とにかく、元気にえさを食べているカブちゃんを見てほっとした。夫の、「気持ちよさそ~うにブーン、ブーンって飛んでたよ」という言葉と夫が必死でつかまえようとするその情景を想像して今でも笑ってしまう。
ギギギ、ギギギ
しばらく二匹は個別に育てていた。8月のお盆過ぎには家族みんながカブトムシに愛着があった。大切に育てたいという思いもあるが、このままでよいのかという迷いもあった。そこで、友人と相談し、お見合いさせることにした。一週間同居させるべく、二匹を初めて一つのカゴに入れることにした。
すると、
カゴに入れて1時間くらい経過すると、
ギギギ、ギギギ。。。。と聞いたことのない音が聞こえてくる。
すると、こんなことになっていた。見てはいけないものを見てしまった感はあるが思わず写真におさめてしまった。
どうしたの??とかけよる娘に見せると、「仲良しになったんだね」と幼児らしい発言。ほんとはあと一歩踏み込んだ言葉をかけをすればよい教育になったんだろうけれど、何も言えなかった。母、未熟者です。
ガサ、ガサ、ガサ
二匹はかなり長い間愛し合っていた。1時間は離れなかった。
そして、そのあと二匹とも不可解な動きを始める。
ガサ、ガサ、ガサと24時間土の中を動き回るのだ。夜行性のカブトムシは昼は寝ていて動かないはず。それなのに土にもぐって出てこない。しかも、私を不安にさせるのが二匹ともエサを急に食べなくなってしまったこと。確か、産卵前にたくさんエサを食べるはずなのに。
私の予感は的中した。
二人が仲良くなった日から二日後、
まず、久しぶりに地上に出たメスが動かなくなった。
後を追うようにオスも地上に出て動かなくなった。
「カブちゃんどうなるの?」
娘にカブちゃんが死んでしまったことを伝えると、ふーーんという感じだった。もしかしたら、死をまだ分かっていないのかもしれない。
翌日、「カブちゃんのお墓を作りにいこうよ」というと、「いやだ~」「面倒くさい」と、駄々をこねだした。そして挙句の果てには泣きだした。でも、私は「あのままでいいの!?」と、強引に娘を連れだした。今思えば、娘なりに死というものに向き合っていたのかもしれない。
家から少し離れたところに、自然豊かな公園がある。自転車に土と止まり木と亡骸をいれて運んだ。
すでに亡くなっていたカブちゃんたちも同じ公園に埋めていた。
母「どこにお墓を作ろうか」娘「大きな木の下がいいね」
手ごろな木を見つけカブちゃんを埋めた。
その後、娘は、止まり木で墓石のようなものを立てた。葉っぱでお供え物と、仏花のようなものを作っていた。祖母の家での墓参りをよく見ていたようだ。
あんなに、お墓を作りに行くのが嫌だったくせに、お墓ができたとたん、
「もうちょっと遊んで帰る」
と、すっきりした顔で娘は言った。
夜、突然やってきたカブちゃん。なんだかんだいって夢中になっていたのは私だった。
カブトムシの一生は短い。無事に世に誕生しても生き残っていくのはわずかだ。子孫を残すことも命がけ。卵を産ませてあげられなかったことに、胸が痛む。
ふと、自分のことに重ね合わせてしまう。
長い不妊治療を経て娘を授かった。そして、その娘には持病がある。医療のおかげで救われた命だ。弟か妹がほしかったけれど、できなかった。二人目を妊娠できたと思った瞬間もあったが、胎嚢が確認できず流れてしまった。同じような経験を多くの友人たちが経験している。
生命が誕生することは、こんなにも難しいことなのか。
死は当たり前で身近なはずなのに、子どもは元気に生まれ健康な大人になれるものだと無意識に思ってしまう。
健康で元気に生きていることの方が奇跡なんだと、カブトムシのお墓を作りながらぼんやり考えた。
夫は、感情移入しすぎというけれど、子どもが生まれて私の感受性は少し変化したような気がする。
「カブちゃんどうなるの?」
公園で遊び終わった娘が帰りしなに聞いてきた。しばらく考えてこう答えた。
「土になるんだよ」
娘はさらに続ける。
「土になってどうなるの?」
私もさらに考えてこう答えた。
「また、新しい草やお花の種を育てるための力になるんだよ」
「ふーん」
自転車の背中で娘が満足したように思えた。この答えで合っていたかはわからないけれど、悪くないやりとりができたような気がした。
公園から帰るとき娘が言った。
「カブちゃんバイバイ」